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KAWASAKI FRONTALE FAN ZONEF-SPOT

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SEASON 2016 / 
vol.04

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FRONTALE UNIFORM TALK SESSION

FRONTALE UNIFORM TALK SESSION

PUMA/Wagatsuma,Kazuyoshi Ohno,Shinsuke KAWASAKI FRONTALE/Yatabe,Zenki

テキスト/麻生広郷 写真:大堀 優(オフィシャル)

text by Aso,Hirosato photo by Ohori,Suguru (Official)

クラブ創立20周年を迎えたフロンターレの2016年のユニフォームの合言葉は「原点回帰」。
素材や機能性はプーマの最新テクノロジーを使用しつつ、
デザインは1997年クラブ創設時に着用していた縦縞模様をベースとしたモデルとなりました。
今回は2011年からのオフィシャルサプライヤーとして
ユニフォームを提供していただいているプーマジャパン株式会社にお邪魔し、
ユニフォーム製作の裏話を伺いました。

──クラブ創立20周年となる2016年のユニフォームは、クラブの原点とも言える黒とサックスブルー、白のストライプのデザインとなりました。フロンターレとプーマジャパンさんとの関係は2011年からスタートしていますが、最初のきっかけはどのような形だったのでしょうか?

谷田部「オフィシャルスポンサー、サプライヤーとして契約する2011年の前の年からいろいろ話し合いがあったんですよね」
大野「そうですね。2010年の3月か4月ぐらいにフロンターレさんから話をいただいて、急遽プレゼン資料を作って、サンプル作ってという流れだったと思います」
我妻「僕は当時、別のチーム担当だったので、その話には入っていませんでした」
谷田部「僕もその場にはいなかったんですが、武田さん(武田信平・現代表取締役会長)がプーマさんから呼ばれて会社を訪れたとき、エントランスにフロンターレカラーの青黒のじゅうたんが敷かれていたとか」
我妻「そうなんです。そのじゅうたん、たぶんまだありますよ。青黒のカーペットが引いてあったのを憶えています」
谷田部「何社か他のメーカーさんからも提案があった中で、最終プレゼンでうちに来て欲しいとプーマさんから連絡があって、そしたら会社にフロンターレカラーのじゅうたんが敷かれていて、そのときの担当が全員川崎市在住だったっていう」
大野「そうです。2011年の新体制発表記者会見のときにサポーターの皆さんの前でご挨拶させていただいたんです」
谷田部「お2人とも川崎市在住なんですよね」
大野「はい、そうです」
我妻「当時のフロンターレ担当も麻生グラウンドのすぐ近くに住んでて、僕は小平から引っ越してきたんです。意図したわけじゃないんですけど(笑)」
谷田部「最初の営業担当や広報担当の方も川崎に住んでいましたし、何かと縁があったんですね。プレゼンでも川崎愛というコンセプトがあって、プーマさんからやるからには川崎のスタッフで固めてやりますっていう話がありました」
我妻「うちはもともと川崎市内に住んでいる人間が多くて、そのぶんフロンターレさんは思い入れが強いチームなんです」

MF14/中村憲剛

フロンターレのデザイン

谷田部「Jリーグのユニフォーム、日本のデザインというのは、他の国と比較して何か違いがあるんですか?」
大野「僕の中では特殊かなって思っています」
我妻「そこはすごく感じますね」
大野「もちろんサプライヤーの影響もあると思うんですが、世界的にはどんどんシンプルなデザインに変わってなっていく中で、Jリーグはどのチームも何かしらの仕掛けというか、サポーターの心をくすぐるようなものを折り込みつつ、オリジナリティを出しているのかなと」
我妻「海外のクラブは割りと同じフォーマットのユニフォームの色違いみたいな感じで、少しずつイメージを変えている印象ですが、日本は変化という部分をすごく盛り込んであるイメージがあります」
大野「他の国のクラブチームはプーマのテンプレートのデザインを使うことが多いですね。ただ、うちの場合ですとアーセナル(アーセナルFC・イングランド)とドルトムント(ボルシア ドルトムント・ドイツ)だけは特別扱いで、オリジナルのユニフォームを作ってるんですよ」
谷田部「確かにドルトムントはドット柄を使ったり、けっこうチャレンジしていて奇抜ですよね。その一方で、アーセナルはコンサバというか、クラシックなイメージがあります」
大野「アーセナルは赤白のイメージを崩さずにプーマのテイストを入れつつ、でもパッと見てアーセナルだねって分かるデザインになっています」

──同じフォーマットのユニフォームだと色の系統や配分が難しそうですね。似た色のシンボルカラーを使っているクラブもあるので。

大野「そうですね。これは実際にデザインをやらせてもらって分かったことなんですが、フロンターレさんで言うと黒がポイントになっていて、サックスブルーの配分が多すぎるとらしくないんですね。クラブの方からも黒の比率を上げて欲しいとリクエストされました」
我妻「歴代のユニフォームを見ても、うちで制作するまでサックスと黒が1対1の比率で入っていた感じですよね」
谷田部「実はこの頃からプーマさんに『縦縞のデザインはどうですか?』と言われ続けていたんですよ」
大野「でも、『20周年まで待って』と言われていました(笑)」
谷田部「今回の縦縞というのは、ずっと前から出ていた話なんですよね」
大野「僕の中でもフロンターレさんというと縦縞のイメージが強くて、どこかでそのイメージを匂わせたいなってプレゼンをするんですが、『いやいや、まだだ』って却下されていました」

2011年〜

──フロンターレとプーマさんとの話し合いが進む中で、2011年のユニフォームが完成するわけですね。

谷田部「でも、最初はデザインでけっこう悩みましたよね。大変でした。2011年のユニフォームは当初「挑」という文字が入っていなくて、プーマさんも悩まれていました。それまでのフロンターレのユニフォームデザインって縦とか斜めとか色の配置を変えただけで、大きな変化がなかったんです。だからその流れをそのまま生かした方がいいんじゃないかっていう話もあって、ラインだけプーマの特徴を出すという案もあったんですけど」
大野「継続路線なのか、大きく変えていくのかというところで話し合いがあったんですが、最終的にイメージもガラリと変えていこう、まったく違うデザインで、なおかつクラブと一緒に作っていこうみたいなコンセプトに落ち着きました」
谷田部「最初のデザイン案では衝撃的なのもありましたね。十字架みたいなデザインとか」
大野「いろいろやりましたね」
谷田部「細かい部分だと番号を胸に入れたりとか。色のグラデーションも初じゃないですかね。昇華プリントの技術が上がってきて、新しい試みがやりやすくなってきたというのもありますね」
大野「挑むという文字は急遽、話が進んだ感じでした。岡本太郎さん生誕100周年ということで、コラボレーションの話もぎりぎりの状態で来たんですが、本当に衝撃的でしたね」
谷田部「やるからには面白いことをしようということで話をして、ユニフォームに挑むというキャッチコピーを使わせて欲しいという話になりました。2010年の10月ぐらいですかね。ぎりぎりのタイミングだったので、最初に発表したときは文字が入ってなかったんですよ。2011年の新体制発表記者会見で発表したんですよね」
大野「そうですね」
我妻「それまで文字が入っているユニフォームがなかったので、傍目で見ててすごいのを持ってきたなって思っていました」
谷田部「デザイン的に肩が張って見えるというか、体型ががっちりしている人が似合っていましたね。山瀬功治(現京都)とか、ノボリ(登里享平)とか、コミ(小宮山尊信)とか。懐かしいですねえ」
我妻「チームや選手、サポーターからの最初の反応はどんな感じだったんですか?」
谷田部「文字なしで発表したときは劇的に変わったのでネガティブな感想もあったんですけど、挑むという文字が入ることでかなりインパクトがあったと思います」
我妻「いまだにこのデザインのレプリカユニフォームを着てスタジアムに来てくれている人を見かけますもんね」
谷田部「2011年の2ndユニフォームだけはプーマさんのテンプレートを使わせてもらいました。キングラインですね」
我妻「懐かしいですね、キングライン」
大野「ラインとしてはもうないんですが、プーマのスパイクのキングシリーズに付随した形で、アパレルラインからこのシリーズを出したんですね」
谷田部「左右非対称のデザインが特徴的ですね。1st、2ndともに、前年から比べたらがらりと変わって衝撃的でした。2011年からがらりとデザインが変わり、毎年冒険させてもらっています。2012年はボーダーのデザインのユニフォームでした。初のボーダー柄ということで最初は賛否両論ありましたが、大野さんから通常のボーダーではなくラインテープを貼ったようなデザインの提案をいただきました。これはプーマさんのガッファーフォントですよね」
大野「そうです。当時プーマの方でテープをつなぎあわせたようなフォントを使っていて、それをこのユニフォームに取り入れて、なおかつラインを12本入れることで選手とサポーターのつながりみたいなところを表現しようという形になりました」
谷田部「番号もオリジナルで3Dっぽいプリントになっています。この年から風間さんが監督になったんですが、個人的にこのユニフォームはジェシのイメージが強いですね」
大野「そして2013年は、プーマのパワーシリーズというラインのグラフィックを使ったデザインになっています」
谷田部「このユニフォームは大久保嘉人やパトリック(現G大阪)のイメージがありますね」
大野「この年のユニフォームはプーマのグラフィックを使いつつ、7本のラインを入れて川崎市の7区を表現してオリジナリティを出していこうというテーマがありました」
谷田部「この年から2ndユニフォームの胸ロゴがARROWSに変わったですよね。ヒロキ(伊藤宏樹・現クラブスタッフ)が新体制発表で発表してくれました。あと大きく変わったところでは、番号が丸っこいフォントから直線的なものになりました」

──数字のデザインもけっこうな話し合いをするんですか?

谷田部「けっこうこだわりをもってやっていますね。当然、見た目のカッコ良さが大事ですし、判別のしやすさも重要なので、そのあたりの兼ね合いが難しいです。あえて番号のデザインを変えないクラブもありますが、うちは他のチームと被らないようにというオリジナリティを大事にしつつ、プーマさんと相談して考えてもらっていますね」
大野「この年はイタリア代表のコンフェデレーションズカップ用のユニフォームをデザインさせてもらったんですが、そのグラフィックやデザインの要素も取り入れつつ、それをフロンターレ風にアレンジしました」
我妻「見比べてみるとなるほどなって感じだと思います」

2014年〜

──川崎市政90周年の2014年のモデルですが、これもまた大きな話題になりましたね。

谷田部「いや〜、これは大変でしたね」
大野「このときは最初プーマのシンプルなベースデザインがあったんですが、今までとは違ったグラフィックを出したいということになって、じゃあチェック柄をやってみませんかという話が進んでいたんです。で、あるとき突然、川崎市の7区の柄を入れたいという依頼が来まして。うーん…、どうしようかなと。挑むという漢字も初めてだったんですが、こういう市や区の象徴的なものを入れるというデザインも初の試みで、行政さんとの絡みも含めてチャレンジしてみようというコンセプトになりました」

──デザインを発表した最初の反応がすごかったんじゃないですか。

谷田部「『えー!』って(笑)」
我妻「まぁ毎年のことではあるんですけど。でも、かなりの冒険でしたよね」
谷田部「この年はACLに出場したんですが、ACLオフィシャルユニフォームと2ndユニフォームにプーマさんの星のグラフィックを落とし込んだんですよ。どちらかというと、そちらの方が男っぽいスポーティーなデザインですよね。その対比で、1stユニフォームが可愛らしい感じになりました。このときのデザインコンセプトがあって、ファッションとして着られるユニフォームがいいなと思っていたんですね」
我妻「個人的にはACLのユニフォームがかっこいいなって思いました。この年は川崎市政90周年記念ユニフォームもあって、好対照でしたね」

──川崎市政90周年記念ユニフォームは初の青色ベースのモデルということで、非常に印象深かったです。

谷田部「実は川崎大師の赤札ということで、赤いユニフォームという案もあったんですよね」
大野「ありましたね。ことごとく却下されましたけど」
大野「川崎市の市章のカラーがブルーということで決まったんですが、これまでのフロンターレの色とは全然違ったので、正直なところ、ちょっと心配な部分もありました」
我妻「でも速攻で完売でしたね」
大野「かなり冒険したデザインだったんですが、ピッチで見たときにすごくきれいに見えましたし、チャレンジとして良かったなと思います」
谷田部「コンセプトがはっきりしていましたからね。1stが区のマークで90周年が市章のマークだったので」
大野「あと技術的な部分でいうと、この年からエンブレムの作り方に大きな変更がありました。それまでは昇華プリントという手法で入れていたんですが、もっと高級感が出てかっこいいエンブレムにしていこうということで、この年ぐらいから出てきた新しい手法のポリクレストという特殊な加工を採用しました。それまでは昇華プリントかワッペンを取り付けるタイプが主流だったんですが、新しい手法のポリクレストを提案したらぜひやりたいということで話が進みました」
谷田部「まぁコスト的にはかかってしまうんですが、新しいものはどんどん取り入れていきたいですよね」

──やはりユニフォーム製作の技術的も年々変わっていくものですか?

大野「そうですね。急激に大きく変わることはないですが、細かいディティールのところだったり少しずつ技術は上がっています。そこでいろんなところから情報もらってプレゼンさせてもらう中で、こういうことやりませんかと提案させてもらっています。幸いなことにフロンターレさんは新しいもの好きというか、初物が好きなクラブなので助かっています」
谷田部「プーマさんの素材は機能性も高いですからね。昔のユニフォームと比べるとめっちゃ軽いですし」
我妻「2014年のユニフォームもいろいろ大変でしたが、続く2015年も相当話し合いましたよね」
谷田部「かなりわがままを言わせてもらいました」
大野「毎週のように打ち合わせしていましたね」
我妻「こだわりの強いクラブとこだわりの強いデザイナーとのせめぎあいですから」
谷田部「この年はクラシカルなタイプのユニフォームが流行っていたので、襟付きで80年代から90年代のイメージになりました」
大野「ユニフォームデザインを長いことやらせてもらっていて、そこでサポーターの声を聞くと襟付きのモデルを出して欲しいという意見があって、このモデルはかっこいいと言われることが多いです。プーマとしてフォームトライプというパターンがあって肩の黒の一本ラインは残す形で、あとはクラブとどうすればかっこよく見えるかを突き詰めながらフロンターレさんと話をして作りました」
我妻「これも細かいところにまでこだわっていますよね」
大野「色味としては今までのサックスブルーから若干変えて、少し鮮やかになっています」
谷田部「生地によって弱冠違うんですが、このブルーの色味が今の基準になっています」
我妻「番号のフォントを含めて女性も着やすいデザインだと思いますね」
谷田部「女性が着るとかわいいですよね。最初はいろんなアイディアがあったんですが、ユニフォームは戦闘服だからという機能性と、見た目のデザイン性との落とし所を探しながら作りました」

選手のこだわり

──作り手だけではなく、実際にユニフォームを着る選手のこだわりはあるんですか?

大野「ありますね。絶対に長袖を着ないとか、パンツの丈だったり裾の仕上がり具合の要望があったり」
谷田部「最近多いのがサイズ感へのこだわりですよね。ピチピチのジャストサイズで着たいとか。ジェシ(現アヴァイFC・ブラジル)はLサイズを着ていたんですが、あの体でありえないだろっていう(笑)」
我妻「あれはびっくりしましたね」
大野「それこそドルトムントやアーセナルは、通常タイプとは別で選手向けのストレッチ生地があって、ジャストフィットで着られるモデルがあります。日本代表もオーセンティックとレプリカタイプで分けているじゃないですか。そういった使い分け方をしているんですが、最近の選手はタイトシルエットのものが欲しいという要望が多いです。Jリーグはもちろんですが、高校生とかもそういう声が大きくなっているのはありますね」
我妻「高校生はまだ体が細いというのはありますが、180センチぐらいの選手で上がMで着てパンツがOとか多いですよね。パンツはゆったりしたいけどシャツはぴったり着たいっていう」
谷田部「へー、そうなんですか」
大野「時代の流れですかねえ」
谷田部「マラドーナの時代のぱつぱつのパンツを今出しても、選手は絶対履かないですもんね。ユニフォームの着丈の部分は今後はどうなっていくんですかね」
大野「バランス的にはシャツをパンツにインするかしないかで変わってきますね。昔は選手がシャツを出していたらレフェリーに止められていたので少し長めに設定していたんですが、ルールが変わってからシャツが出てもおかしくない着丈に変えています。そこはルールありきなので僕らも難しいところです」
我妻「高校生だと学校によっては絶対にシャツを中に入れろというところもありますし」
大野「機能面でいうと相手につかまれにくいということで、ワンピース型のカメルーン代表のユニフォーム作ったり、ノースリーブのタイプも制作しました。するとFIFAのルールブックに袖付きでなければいけないと明記されてしまうという…。まぁいろいろありますが、選手の機能性は当然として、サポーターもレプリカユニフォームを着てスタジアムに行くということも意識しながら作っています」
我妻「ピチピチすぎるとサポーターが着づらいですしね」
谷田部「そういう意味ではここ数年のユニフォームのトレンドを見ると、普通の洋服のサイズ感に合ってきましたよね」

2016年

──そこでクラブ創立20周年の2016年、満を持して今回のユニフォームが出てくるわけですね。

谷田部「これまでの話を聞いてもらった通り、2011年から縦縞ありきだったんですね」
大野「20周年ということで『次はこれだね』って」
谷田部「プーマさんから提案をもらったんですけど、今回は完全にこちらの意向です」
大野「はい、そうですよねって(笑)。ここでフロンターレさんとしての20年目の集大成というか、区切りということで今回のデザインになりました」

──1997年モデルをベースにした縦縞のデザインですが、周りの反応はいかがですか?

我妻「昔からのサポーターの方と話をしたら、襟の柄まで再現してるとは思わなかった、感動したって言われました」
谷田部「ただ、ずっと議論していたのは、プーマのマークの下の台座の部分ですね」
我妻「最初に発表したときにもツイッターなどで話題に上がっていました。本当だったらプーマの黒を縁取りした方が収まりとしてはいいんでしょうが、昔のモデルと見比べてみるとそのこだわりがよく分かりますよね」
谷田部「賛否両論あると思いますが、個人的にはここがポイントだと思ってるんです。デザインとして完璧にせず、そこまで再現するんだっていう」
我妻「デザイン的には97年を踏襲していて番号のフォントも忠実に再現していますが、プーマのテクノロジーで素材や着心地にこだわっていて、中身は全然違います。エンブレムも最新の技術になっていて、そこに20周年のワッペンが入ると。選手に着てもらいましたけど、やっぱりかっこいいですよね」
谷田部「番号のルールも昔と変わっているので、早い段階からJリーグとも相談しながら進めていきました。機能的には、まず重さが全然違いますね」
大野「サイズ感やシルエットも昔は箱型だったんですが、今はだいぶスリム化されてるのでそのあたりをどう表現しようかという難しさがありました」
谷田部「プーマさんにはよくぞ英断していただきましたという感じです」

──こう見ていくとユニフォーム制作というのはとても大変で地道な作業ですね。

大野「フロンターレさんは特に大変かもしれないです」
我妻「僕もそれまで他のチームを担当してましたが、ここまでアイディアが出てくるJリーグのチームはなかなかないんじゃないでしょうか。こういうのをやりたいんだという意見をどんどん言ってきてくれるので、すごく面白いクラブだなって思います。大野は大変でしょうけど(笑)」
谷田部「ユニフォーム作りのノウハウがたまってきて、さらに今年はクラブ創立20周年ということで機運が高まっていますよね」
我妻「川崎市のいたるところでクラブのポスターが貼ってありますし、今年は20周年プロフェクトのタペストリーも貼られるんですよね」
大野「サポーターや地域貢献ということをすごく考えているクラブだなっていうのはすごく感じます」
我妻「このクラブ創立20周年企画というのは、フロンターレじゃなかったらプーマ社内でも実現してなかったと思うんですよ。ですからフロンターレしかできない企画をやって、早く優勝して欲しいなと。デザイナー的にも優勝したらすべて報われる感がありますから」
谷田部「2016年モデルを発表してから、昔のユニフォームを引っ張り出して着ている人が増えましたしね。それにしても、こうして歴代モデルを見ると、たくさん作りましたねえ」
大野「スタジアムがプーマのユニフォームで埋まったら嬉しいなって思います。歴代モデルの中で昔の縦縞のモデルを着ている人もけっこういるので、昔からのサポーターの方にぜひ着てもらいたいですね」
我妻「2月末からシーズン開幕ですか。あっという間ですね。すごく楽しみです」
谷田部「僕らも楽しみですよ」
大野「本当にタイトルを獲ってもらいたいと切に願っています」
我妻「このユニフォームで優勝できたら最高ですね。そして2017年のユニフォームに星をつけると」
谷田部「すでに星のポリクレスト加工の提案も受けてるんですよ。あとはそれが世に出るかどうかです」
大野「本当にそれだけですね。ぜひともお願いします!」
我妻「僕はチーム担当が去年夏からと本当に短いのでいろいろ言える立場ではないんですが、地域に根ざしているフロンターレという面白いクラブの担当させてもらえることになって、選手やサポーターの皆さんに喜んで着てもらえるようなユニフォームを出していきたいですし、プーマと契約して良かったねと言ってもらえるような関係を続けていきたいです。社内的には大野には相当無理なことを言って困らせていますが…」
谷田部「何でも受けてこないでってよく怒られてますね(笑)」
大野「我妻に全部言われてしまいました。でも、さっき言ったように地域やサポーターを大事にするクラブというのを感じているので、さらに地元から愛される存在になって欲しいですし、それと同時にプーマも愛してくれたらハッピーです。あとは…、とにかくユニフォームに星を入れたいです」
我妻「フロンターレがプーマのユニフォームを着て、優勝してくれるのが僕の夢です」
谷田部「ありがとうございます。今年も頑張っていきましょう!」

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