鬼さんと一緒
2008 / file04
クラブユース
鬼木 達
Oniki,Toru
市立船橋高校を卒業後、鹿島アントラーズに加入。1998年、当日JFLに所属していた川崎フロンターレに期限付き移籍。わずか1年で鹿島に戻るも、在籍中、サポーターから「川崎の宝」とまで呼ばれ愛された男は待望の復活。以来、無尽蔵のスタミナでピッチを走り回り、キャプテンとしてチームを強烈に引っ張る。現在、フロンターレ育成普及コーチとしてピッチを走り回る。
1974年4月20日生まれ、千葉県船橋市出身。
今回のコラムは、クラブユースについて書きたいと思います。
クラブユースとはJクラブから、町クラブまで全てのクラブの全国大会です。今大会の予選は福島県のJヴィレッジで、準決勝、決勝は三ツ沢で7月26日〜8月3日までの間行われました。フロンターレのユースチームは結果から申し上げますと、予選リーグ3敗の惨敗に終わりました。
指導者2年目の僕にとっては、本当に良い経験となり、同時に本当に悔しい思いをしました。そんな中から、これからの育成、クラブの在り方、自分の教えている選手たちに伝えるべきことが少し見えてきたように思います。
1つは全国という舞台で、日本のトップレベルの高校生がどのようなプレーをしていて、どのような取り組みをしているのか見えました。そして自分のチームの選手たちに足りないもの勝っているものなどを知ることができました。ユースの選手たちにとっても良い経験だったと思います。
ただ今大会で残念に思った事がいくつかあります。その中でも1番はどのチームも個々の戦いが少ないという事です。組織的なチームが多く局面でのボールの奪い合いやゴール前での迫力が足りないように思いました。確かに技術的には高いと思います。(準決・決勝)
簡単なパスミスやトラップミスも少なく、観ていても上手なのは分かります。ただ局面での激しさがないので、それが本物の技術なのか?海外のチームと対戦しても個人として通用するのか疑問です。そして観ている人がその試合を観て感動するのかということです。
スポーツの素晴らしさというのは、人を感動させることにあると僕は思っています。卓越した技術で人を喜ばせ、必死に頑張って勝利に向かう姿を見せることによって感動を生みだします。
今回このコラムを書いている期間に北京オリンピックが開催されました。僕はオリンピックを見ながら、改めてスポーツは人の心を動かすものでなくてはいけないと思いました。ルールも分からないレスリングやシンクロ、柔道、ソフトボール、他にも多くのものを見ましたが、全てに感動がありました。そこには4年に1度という強い想いがあるから、こちらもそれが分かっているから、勝者の涙、敗者の涙に感動するのかもしれないが、どれもその必死の姿に心を打たれ伝わるものでした。それと今回のクラブユースの準決、決勝を一緒にしてはいけないのかもしれないが、敗者の涙に感動を感じることができなかった。
涙を流すくらいならもっと走って戦えと思った。僕はこの年代だからこそ感動を与えられると思うしもっとできると思う。少なくとも僕は自分のチームの選手に、観に来ている観客、家族を感動させられる姿にしたいと思います。そのためにサッカーでは先ず走れなくては話にならない。そして高い技術、それを発揮する体とメンタル。あたり前のことだが勝利を目指し最後まであきらめない姿勢。そう考えると優勝したFC東京はそれがあった唯一のチームのように思う。
話はいろいろと飛んでしまったが、僕が言いたいのは他のチームの批判ではなく、自分のサッカーへ対するスポーツに対する想いです。スポーツは観てくれる人がいるから成り立つし、だれも観る人がいなければ自己満足の世界で終わってしまう。僕はサッカーを知らない人がフロンターレのサッカーを観て感動したと言ってもらえるチームに、選手たちにしていきたいと思っています。
2008年08月29日 鬼木 達