モバイルフロンターレ

OB'sコラム

Tatsuru'sチェック!

2005 / file07

もっとずる賢く!

向島 建
Mukojima,Tatsuru

1966年1月9日静岡県生まれ。静岡学園高-国士館大-東芝を経て1992年清水エスパルス入団。1993年Jリーグオールスター戦出場。1997年川崎フロンターレへ移籍。以来2001年の引退まで要衝としてチームを支える。2002年から川崎フロンターレフロントスタッフ。2003年にはフットサル日本代表候補に選出。「SUKISUKI!フロンターレ(iTSCOM)」やサッカースクール・サッカー教室・講演・フットサル解説など川崎のサッカー伝道師として多方面で活躍中。

クラブ史上最高の24,332人が入った等々力競技場での開幕戦は後半89分、浦和レッズDF闘莉王のヘディングシュートで追いつかれ、あと一歩のところでフロンターレは勝利を逃した。

試合前に関塚監督と話をしたとき「立ち上がりから行きたい!点を取るなら立ち上がりだ!」と強い口調で語っていたように、前半の立ち上がり5分ジュニーニョ、後半の立ち上がり7分には我那覇と点を取るべき人が取り、監督の描いていた理想的な勝利へのプラン通りに試合を進めることが出来ていた。しかし、浦和の経験豊富なFW岡野の投入で流れを変えられ1点差まで詰め寄られ最後までリードを守ることができなかった。

選手たちは昨年のJ1リーグ 2ndステージ覇者に対し、攻守にわたりよく戦っていたが1点リードしている状況から終盤の時間帯でのプレーが甘かったように思えた。残り時間が少ないときほど集中し、リスクが少ないプレーをすることが大事で、ボールキープに入ることや相手が一番嫌がる時間を稼ぐ方法はある。試合に勝つために「もっとずる賢いプレー!」をしてもいいのでは。サッカー選手であれば2点差は危険だということはわかっていたはず。経験の差という見方もあるが、それ以上に「ずる賢さ!」に差があるように思えた。浦和は悪いなりにフロンターレから最終的に3点奪った。

勝利するためには正直すぎるプレーは危険で、なんとしても追いつきたくてポジションまで崩して攻め続ける浦和に対して、もっともっと「冷静!」になり「ずる賢く!」戦うことも必要だった。

この日の浦和は持ち前のスピードは影を潜めた。FWエメルソン、田中達、MF三都主、山田暢ら速い選手が揃い、相手の攻撃陣は「フリーにしたら危険だ!」という高い意識がフロンターレの選手たちにはあったため、相手の動きを想定し相手より先に動き出したり、粘りある集中した守備が出来ていた。

逆にフロンターレがMFマルクスやFWジュニーニョらを中心に浦和のお株を奪うスピードあるワクワクする攻撃を随所に見せてくれた。2試合連続で引き分けに終わったものの、今の浦和にはない、チームワークの良さがこの試合で表れていた。

今後はナビスコカップを含め、ますます楽しみなカードが目白押し!超満員で膨れ上がる等々力で、これからも熱い試合を見たい。

2005年03月17日 向島 建

>ページのトップへ