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2005 / file21

ボカ・ジュニオルスU-18!

向島 建
Mukojima,Tatsuru

1966年1月9日静岡県生まれ。静岡学園高-国士館大-東芝を経て1992年清水エスパルス入団。1993年Jリーグオールスター戦出場。1997年川崎フロンターレへ移籍。以来2001年の引退まで要衝としてチームを支える。2002年から川崎フロンターレフロントスタッフ。2003年にはフットサル日本代表候補に選出。「SUKISUKI!フロンターレ(iTSCOM)」やサッカースクール・サッカー教室・講演・フットサル解説など川崎のサッカー伝道師として多方面で活躍中。

先日、ボカ・ジュニオルスU-18(アルゼンチン) が来日し、日本各地のU-18 選抜チームやJクラブU-18と国際親善試合を行った。私は、U-18 静岡県選抜との試合を観戦した。
ボカといえば、アルゼンチンの強豪で、これまでにもディエゴ・マラドーナをはじめバティストゥータ、カニーヒア、ヴェーロン、パレルモ、リケルメなど世界的にも活躍しているスター選手が在籍し、強くて有名な人気のあるクラブだ。

試合前、今回ボカのチームに帯同していたフェルナンド・モネールに久しぶりに再会した。モネールとは、Jリーグが開幕する前、私が東芝サッカー部でプレーしていた時に、アルゼンチンから来日し、全日空の選手としてプレーしていて対戦したのが初めてだ。私とは何から何まで対照的な選手で、できることならマークされたくない嫌な相手だった。

当時、東芝にもアルゼンチン選手が3名在籍していたことから東芝の寮に、よく遊びに来ていて顔を合わせた。また、アルゼンチンに遠征し、ボカと練習試合を行った際、ボカのホームスタジアム「ボンボネーラ」にも出向いてくれて、ピッチで試合前に記念撮影をしたり、アルゼンチンで過ごした懐かしい思い出がある。その後、Jリーグの舞台でも対戦し、1993年オールスターでは、WESTチームで共に戦い、引退した後も何度か一緒に仕事をした友人である。

そんなモネールがボカのロッカールームまで私を案内してくれて監督やコーチを紹介してくれた。ロッカールームでは、準備を終えた選手たちが、これから試合が始まることを私たちに伝えてくれているかのように気合の入った声を全員で荒げ、全選手の顔つきは戦いモードに入ていた。十字を斬る選手や祈りを捧げる選手など様々で、親善試合とはいえ彼らにとっては毎日が闘いで、そこには真剣さがあり手を抜くということはありえない。

試合は暑さのため、35分ハーフで途中給水タイムが設けられた。試合開始から予想通り、ボカの力強さとスピードが静岡県選抜を圧倒した。途中、技術的にも優れている選手が多い県選抜も意地を見せたが、もう既にプロでも十分通用し、将来アルゼンチンを代表するのであろう逸材の選手たちのプレーは日本選手のはるか上をいっていたように思えた。ゴールへ向かうプレーや相手のボールを奪うプレー「ここはチャンスだ!」というときの抜群のスピードと迫力は、アルゼンチンならではで、特に日本の選手とは異なっていた。若手育成には定評があり、世界に通用するスター選手を次々と輩出している国だけに、今回の親善試合で彼らから日本のU-18 世代が感じさせられたものは大きかったのではないか。今後、上を目指していく選手たちだけに、この試合は刺激になったはずだ。

ボカU-18の若手選手の強烈さを間近で観たことで、FIFAランキング1位のブラジルに次ぐ2位、アルゼンチンの強さを納得し、モネールに再会できたことで、ディエゴ・マラドーナがプレーしていた「ボンボネーラ」を思い出し、久しぶりにアルゼンチンを感じた一日だった。

2005年08月26日 向島 建

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