4/30 (土) 2011
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陸前高田市へ

text by
広報部
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東日本大震災の被災地の1つである岩手県陸前高田市の小学校の先生から、個人的な付き合いのある川崎市の小学校の先生に「今回の震災の影響で学校教材が不足している」との連絡が入りました。
その先生から川崎フロンターレに「川崎フロンターレ算数ドリルを提供できないか」との打診があったので、こちらから直接、陸前高田市の教育委員会に状況の確認をしたところ正式に提供依頼をいただいたので、Mind-1ニッポンプロジェクトの一環として算数ドリルを陸前高田市の小学校9校分を持って行くことになりました。さらに陸前高田市の小学校には遊具も不足しているとことで、サポーター有志がサッカーボールを持って行くことに。そこで、サポーターのみなさんに呼び掛け、わずか2日間ではありましたが、23日の仙台戦で後援会テントへ雨にも関わらずみなさんが持ってきてくれた思いの籠ったサッカーボールは260個にもなりました。
前日13時に集合し、算数ドリルを9校分と教育委員会用の仕分けを行い、サッカーボールと合わせて詰め込み。15時過ぎに事務所を出発しました。
算数ドリルとサッカーボールを積んだ車は、順調に東北自動車道を北上。福島白河から道路の繋ぎ目での段差や補修の跡が至るところにあり、震災の影響を感じることになりました。
22時前に宿泊先の花巻に到着。
被災地付近では宿泊施設が避難所やボランティアの宿泊先となっているため、陸前高田市から65キロ離れた花巻市花巻駅前に宿泊することになりました。
そして、翌日への緊張感を持ちながら、就寝。
当日の朝、6時前に宿泊先のホテルを出発し、陸前高田市へ。
いよいよ被災地へ入るという緊張感が車内に広がります。
車を走らせ、陸前高田市に近づくと、自衛隊に向けたメッセージボードなどを目にするようになり、自衛隊の車や支援物資を乗せたトラックが増えてきました。
陸前高田市に入り、海から20キロ圏内に入ってくると、自衛隊の車をさらに多く目にするようになり、10キロ圏内に入り山を下っていくと谷底の川沿いに瓦礫や廃材が流された状態が続き、津波の被害の一端が垣間見えてきました。
そして、海から5キロ圏内に入ってくると、そこまで普通の山間の風景だった景色が一変し、町を形成する建造物のすべてが流され、廃材や瓦礫となり町を覆い尽くしていました。そこは、TVで観ていた映像ではわからない想像を絶する状況で、言葉が出てきません。
道路だけは、瓦礫や廃材が撤去されていて通行できるようになっていたので、カーナビが表示する街並みとは全く違う風景を見ながら、カーナビを頼りに、算数ドリルとサッカーボールを代表して受け取ってくれることになった小友小学校に到着。小友小学校の下にあるはずの小友中学校は、跡形もなく、体育館だけが半壊状態で残っており、整備された校庭には自衛隊の車が作業するために止まっていました。
子ども達の教室の窓から広がる田園風景だったはずの景色は、津波によってすべて壊され、そして流され、まったく別の風景に変わっていました。そこでは、自衛隊が未だに行方不明者を捜索しています。とても平常心で勉強できる環境にはありません。しかし、子ども達はそこで明るく、授業を受けていました。そんな被災地の状況を目の当たりにし、算数ドリルやサッカーボールをどんな顔で子ども達に渡せばいいのかわからなくなりました。
先生方とご挨拶をさせていただき、朝礼後の8時45分から、6年生21名を前に算数ドリルを持ってきた経緯を説明することに。野球をしている子どもが多く、川崎フロンターレを知っている子どもは数人だけでしたが、それでも、憲剛が前日に子ども達に書いた手紙を読み上げると、子ども達だけではなく、先生方からも拍手が起こります。そして、憲剛サイン入りの算数ドリルをふろん太が一人一人に渡すと、自然と笑顔がこぼれていました。続いて、サポーターの代表から遊具が不足している陸前高田市の子ども達にサッカーボールをプレゼントしたいと話をし、サッカーボールを子ども達に渡しました。
最後に、スタッフから子ども達と未来の約束をしました。「みんなが頑張ってドリルを最後まで解いたら、そのドリルを等々力に持って来きてほしい。そのドリルは、フロンターレのホームゲームが観ることができるチケットになるから。5年後でも10年後でも構わないので、いつか笑顔で等々力へ来て欲しい」と話しました。その約束に、子ども達からは歓声が起こりました。
続いて、陸前高田市の教育委員会へ。仮設の教育委員会があると言われた給食センターに向かうと場所が移動しており、その先にある広場にプレハブの教育委員会がありました。実際、教育委員会のプレハブまで行ったものの、支援物資を保管する場所がないということで、さらに高台になっていて安全な竹駒小学校の理科室へ持って行って欲しいと依頼を受けました。この状況からも、現場の体制がまだ確立されておらず、今後の対応を模索していることが窺い知れます。
竹駒小学校に到着すると、竹駒小学校の6年生達がすでに待っていてくれ、他の小学校と教育委員会に預ける算数ドリルとサッカーボールを理科室へ一緒に運びました。そして、竹駒小学校の子ども達にも算数ドリルの説明をさせてもらい、算数ドリルとサッカーボールをプレゼントしました。みんなドリルの内容に大喜び。そして最後にサプライズでふろん太が登場し、子ども達と記念撮影。子ども達の笑顔を見せてくれました。ただ、後で先生からお伺いした話の中で、先ほど元気に振舞っていた子どもの何人かは両親を亡くしていることを聞きました。震災、そして津波の脅威が、子ども達に与えた傷跡の大きさを改めて感じました。
帰りは、気仙沼市を通って、一ノ関ICへ向かいました。気仙沼は、港町のため、陸前高田市とは違う被害状況でした。多くの船が、町に流され、船を含めた建築物が火事で燃えた焼き跡が至るところにありました。海から離れれば、また何もなかったかのように山間の風景に戻って行きました。
被災地の現状は言葉では言い表せないくらいの状況です。確かなのは、復興までに長い長い道程が掛かるということ。しかし、どんなにつらくても、未来のために前を向いて進んでいかないと行けないということ。そして、私達は支援の手を決して止めてはいけないということです。子ども達にもらった笑顔が曇らないように、これからも継続的な支援活動が必要だと強く思う一日になりました。
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