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FRONTALE DIARYフロンターレ日記

8/ 7 (水) 2013

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陸前高田訪問

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広報部

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川崎フロンターレの東日本大震災復興支援活動「Mind-1ニッポンプロジェクト」の活動の一つとして、今年もベガルタ仙台戦の翌日、選手達は東日本大震災の被災地の1つである岩手県陸前高田市を訪問し、3回目となる子ども達を対象にしたサッカー教室を実施してきました。

2011年4月26日に現地へ伺って、子ども達に算数ドリルを寄付させていただいたことから生まれた陸前高田との繋がりは、継続的な活動として現地へ伺う「陸前高田サッカー教室」と陸前高田の子ども達を川崎へ招待する「川崎修学旅行」を2年実施してきました。

そして今回の「第3回陸前高田サッカー教室」は、「Mind-1ニッポンプロジェクト」の一環として川崎フロンターレ、川崎フロンターレ選手会、川崎フロンターレ後援会、サポーター、スポンサー、そして川崎フロンターレを受け入れてくれる現地のみなさんの協力で実現しました。この活動に賛同いただいたユニフォームサプライヤーのプーマ ジャパン株式会社様からサッカーボール、エバラ食品工業株式会社様よりバーベキューの食材・備品一式とエバラ焼肉のたれ、株式会社ドール様より全参加者にかわさき応援バナナとグレープフルーツ、日本ペプシコーラ販売株式会社様より全参加者にゲータレードを進呈、DHLサプライチェーン株式会社様が配送業務、昼食の調理サポートで株式会社アットエフ様、株式会社ディノス・セシール様より「フジテレビフラワーネットエキサイトマッチby dinos」の開催を通して期間中の売上の一部の協賛、後援で公益法人日本プロサッカーリーグ様にも協力していただきました。ご協力いただいたみなさん、ありがとうございました。

このサッカー教室は、選手達が「フロンターレの選手として何かできることをしていきたい」という考えから、昨年に引き続き選手会長の杉山選手、副会長の登里選手がサッカー教室のメニュー、その他の企画についても、しっかり打合せと準備を重ね、選手達に落とし込んでいました。

選手達は到着すると一昨年の高田FC親の会会長を務めていた戸羽さんから、東日本大震災当時の様子を話していただきました。戸羽さんは、当時の津波のVTRや戸羽さん家族を通して震災の状況を伝えていただくことで、震災と津波の怖さ、そして家族や子ども達の尊さを感じることができました。話を聞いていた選手、スタッフ全員にそれは伝わったのではないでしょうか。

いよいよサッカー教室の開会式が始まりました。まずは選手会長の杉山選手からの挨拶。「おはようございます。みんな覚えている?」と一言目に言うと、「知らない〜」という子どもたちの反応がありましたが、すぐに「うそでしょ!?3回目だよ」という笑いながらのやりとりに続き、「今日はみんなと一緒にサッカーをしに来ました。短い時間ですが、楽しくやりましょう!!」と昨年に引き続き2回目の挨拶ということで、場を和ませていた杉山選手。参加している子ども達は、また選手達が来てくれたという喜びと早くサッカー教室をしたいという期待感が笑顔に出ていました。3年目ということで、川崎フロンターレ側も陸前高田の子ども達側も最初からだいぶ打ち解けているような気がしました。

もちろん、ふろん太くんも選手達と一緒に訪問。子ども達の前に現れると、すぐに周りを囲まれ「ふろん太くんだぁ〜」、「一緒に写真撮って!!」と身動きが取れなくなってしまいました(笑)。さらには子ども達だけではなく、保護者の方々(特にお母様方)からも写真攻めに合い大人気でした。さらに今回は陸前高田市のマスコット「たかたのゆめちゃん」も参加。一緒にMind-1プロジェクトツアーの参加者をお出迎えしたり、開会式や閉会式に出席。途中、手をつないで歩いている姿を目撃した子ども達からは「付き合ってるの!?」、「お似合いのカップルだ!!」などと冷やかされていましたが…。ふろん太くんもまんざらでもなさそうでした(笑)。

挨拶に引き続き、「え〜、はじめにリフティングのパフォーマンスをしたいと思います」とこちらも毎年恒例となりつつあるプロサッカー選手の技を子ども達に見せるパフォーマンス。杉山選手に指名されたのは…、福森選手!「お前、そんな技持ってたっけ?」「フクモリで大丈夫か!?」と選手達からプレッシャーを受けながら、プロのボール裁きを披露。
しかし、毎年難易度が上がっていくはずでしたが…、今年は少し普通のテクニックとなってしまい、子ども達から「オォ―!!」という大歓声は聞くことができませんでしたが、「結構うまいじゃん!」と選手達からは褒められながらもいじられ、なんとかプロの面目を保ちつつ、「みんな楽しくやりましょう〜!」という杉山選手の掛け声のもと、いよいよサッカー教室がスタートしました。

今年は1・2年生、3・4年生、5・6年生、中学生の4つのグループに選手、スタッフがそれぞれ分かれて、各グループで鬼ごっこやリフティング、ミニゲームなど学年に合わせたサッカー指導を行っていきました。昨年までは自己紹介から始まり、お互いにちょっと緊張していた様子でしたが、やはり3回目をいうこともあって「顔見知りの子ども達が多くなってきたよね」と中村憲剛選手が話すように、自然と子ども達と意気投合し、すぐ仲良くなっていきました。中村選手だけでなく登里選手も「この子、前会った時はこんなに小さかったのに」と子ども達の成長に驚いた様子で、継続的に実施していることから、選手達には、いろいろな新しい発見があったようです。

もちろん今年初めてくる選手達もいましたが、経験豊富な選手達に連れられて、持ち前の明るさを全面に出していました。中澤選手は「じゃあ、俺がDFするからヨシト(大久保嘉人)とワンツーしてシュートを打ってみな!」と子ども達に声を掛けると「うわ〜、早すぎて、止められない!」「どんだけ動きが速いんだ!!」などと大声で叫びながらプレーをすると、子ども達だけでなく、ケンゴ(中村憲剛選手)やヨシト(大久保嘉人選手)、イナ(稲本潤一選手)達の笑いを誘っていました。一緒にプレーしていた大久保選手も「自分にも同じ年ぐらいの子どもがいるから手慣れたもんだよ!」と話しながら、子ども達と楽しそうにプレーしていました。また鬼ごっこをしている最中に「ほらフェイント、フェイント!ボール奪っちゃうぞ!!」とプレー同様にグラウンドを走り回る山本選手など、こちらも積極的に子ども達と触れ合っていました。

また今年の人気選手はブラジル人トリオ。昨年に引き続き、サッカー教室を行ったレナト選手は昨年の経験も踏まえて「ナマエ、ナマエ?ヨシヒロ?」と子ども達の名前を一生懸命日本語で聞いたりしていました。そしてまだチームに合流して間もないアラン ピニェイロ選手とロブソン選手も中山通訳を通しながら積極的に子ども達とコミュニケーションを取り続けると、最後は子ども達の方から簡単な英語で話しかけてくるなど、こちらも楽しそうな様子でした。


サッカー教室が始まった時に到着した2台のツアーバス。JTBアウェイツアーでは今回の陸前高田サッカー教室に合わせて、オプションツアーとして陸前高田市内各所を回る「被災地ツアー」を行いました。その内容も紹介します。

当日の参加者は85名でバス2台。朝7時過ぎに宿泊地である仙台を出発し、途中で休憩を挟みながら、11時前には高田小学校に到着しました。
まずはサッカー教室の見学と被災当時の映像を見るグループに分かれます。
映像を見るグループでは、市内で電気店を営む戸羽(とば)さんに、当時の映像をみせていただきながらお話をしていただきました。戸羽さん自身も被災者で、駅前通りにあったお店は全て流されてしまい、今も仮設住宅にお住まいになっています。幸いご家族は無事でしたが、当時のお話を聞くと胸が締め付けられる思いで、参加者の中にもハンカチやタオルで涙を押さえる方も多くいらっしゃいました。

戸羽さんは「多くの人に陸前高田市に来て欲しい」とおっしゃっていました。そして「この震災を忘れないで欲しい」とも。今ではテレビなどで頻繁に現地のニュースが放送されることはありません。そんな状況では「被災地は復興したのではないか」と思っている人もいるかも知れません。しかし、復興は遅々として進んでいないのが現状です。

多くの人はまだ仮設住宅に住んでいますし、分譲住宅、賃貸住宅の建設も進んでいません。津波が襲ってきた沿岸部から約2kmの範囲では地盤が80㎝以上も沈下してしまったため、下水道等のライフラインの整備ができず、建物を建てられない状況だそうです。
やはり自分の目で見て、耳で聞かないと現地の状況は分かりません。来年もこのツアーが実施された際には、是非多くの方に参加していただきたいと思います。

ツアー一行は市の中心部を見た後、少し高台に行ったところにある「神田葡萄園」にお邪魔しました。こちらの明治38年に創業された歴史のある葡萄園です。こちらでも震災当時の様子を専務取締役の熊谷晃弘(くまがいあきひろ)さんにうかがいました。葡萄畑も津波が来て甚大な被害があったそうです。畑もそうですが、ジュースやワインを作る製造ラインが影響を受け、本格的に再稼働するのに丸5ヶ月掛かったそうです。

こちらの神田葡萄園では、ツアー参加者に地ビールならぬ地サイダーの「マスカットサイダー」が一人一本プレゼントされました。こちらは神田葡萄園のヒット商品で、昭和45年から販売されており、今では年間で約25万本出荷されているそうです。それ以外にも100%果汁のリンゴジュースやグレープジュース、果汁20%のぶどう液、ワイン、つぶつぶジャムなどを試飲、試食として出していただきました。どれもとても美味しく、帰りには多くの参加者がお土産として買って行かれました。皆さんも陸前高田に行った時には是非寄ってみて下さい。

その後は広田半島にある「気仙大工左官伝承館」へ。気仙の大工・左官の発祥は江戸時代まで遡り、そのころから非常に技術力が高いと評価されていたそうです。そしてこの伝承館はその大工や左官の技術を文字通り伝承していくために建てられたそうです。建物はすごく重厚で、土間も広間も広々としています。

今回はこの建物を見学すると同時に、広間をお借りして、震災の時に出た瓦礫で作るキーホルダー「瓦RE:KEY HOLDER」を、職人工房Handmadeの中田源(なかたはじめ)さんと牛島和也(うしじまかずや)さんにレクチャーしていただき、参加者みんなで作ってきました。

このキーホルダーは震災で瓦礫となったプラスチック素材のものを集めて洗浄し、適当な大きさにカットしていきます。その材料を作る人たちがハサミなどで思い思いの形に加工し、3枚重ねて穴を開け、リングに通して完成です。

ツアー参加者もいろんな色や形の瓦礫を選んだり、ハサミで切って好きな形を作ったりして楽しんでいました。そして参加者85名の世界にひとつしかないキーホルダーが完成しました。みんなが楽しんで、そして少しでも復興の支援が出来る。素晴らしい体験をさせていただきました。

最後は「奇跡の一本松」を見学に行きました。時間の都合で近くまでは行けませんでしたが、遠くから見ることができました。こちらは復興のシンボルとしてテレビでも多く取り上げられていたので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

ただし、この一本松は既に塩害によって枯死してしまったので、加工処理がされたモニュメントとして現在は保存されています。テレビなどでは一本松がクローズアップされていますが、その横にあるユースホステルや、道の駅「高田松原」、気仙中学校など、被災した建物が残っていますので、そちらも是非見ていただきたいと思います。


話は、陸前高田サッカー教室に戻ります。アッという間に時間が過ぎ、楽しいサッカー教室が終わりに差し掛かった時、大きな揺れを感じました。地震が起きたのです。サッカーをしていても気付くくらいの大きな揺れを感じ、選手達や関係者は一瞬不安を感じ、すぐにグラウンドから上に上がり、待機しました。その後、町内の警報で地震速報が知らされましたが、陸前高田市に津波の心配はなく、子ども達も安堵し、表情は笑顔に戻りました。

サッカー教室が行われている頃、昼食のバーベキューの準備をサッカー教室に参加できなかった選手達とサポーターが中心に行ってくれました。「こういうのはあまり慣れてないんだよな」と言いながら、必死に火をおこす矢島選手。大島選手も「やったことないです」と言うものの、最後まで各バーベキュー台の火を確認していました。

各グループで写真撮影を終えると、各選手がバーベキュー台に散らばり、一緒にサッカーをした子ども達を呼び込みました。なぜかブラジル人トリオの場所には子ども達がいなく、スタッフが心配して子どもを集めようとしたら、『レナト!』と呼ぶ子ども達がたくさん集まり、レナト選手はすごくうれしそうでした。そのグループにいたアラン選手もサッカー教室で一緒にゲームをした子どもを見つけたようで、スタッフは理解できませんでしたが…、子どもと親指を出しながら話していましたよ。ちなみにレナト選手は何かある度に2人のブラジル新人選手に説明していて、その姿は面倒見のいい先輩という感じで、頼もしかったです。

ただ、子ども達はすぐに昼食を食べるのではなく、有り余った元気を発散するべく、バーベキュー台ひ置いてあった火消し用の水鉄砲で遊び出しました。父兄の方々と選手達の声掛けで、やっと昼食のバーベキューがスタート。選手達が食材を取って来て、食材を焼きます。それを子ども達は美味しそうに食べていました。お肉も牛肉、豚肉、ソーセージ、野菜、そして今年はエバラさんのご配慮でキュウリ棒とスペアリブも用意していただきました。まずは子ども達に食べさせようと、井川選手、田中選手、小宮山選手、稲本選手などなどバーベキュー台にいる選手達が率先して、肉や野菜を焼いていました。その風景はフロンターレならではではないかと思います。さらにエバラさんからデザートのすいか、そしてDoleさんからグレープフルーツをいただきました。

バーベキューの後に実施したビンゴ抽選会。子ども達に笑顔がさらに生まれるようにと、選手たちが多くの賞品を用意してくれました。選手全員のサインボール、選手着用の練習着やスパイク、フロンターレのスポンサーのプーマ様、サントリー様からも賞品をご提供いただき、さらに陸前高田市の関係者の方からいただいたカブトムシセットとクワガタセットが加わり、51点もの景品がそろった豪華抽選会です!

司会進行は、登里選手と高木選手。登里選手は昨年も司会をやった経験があるので、『盛り上げます!!』と元気に答えてくれました。子ども達が一通りバーベキューを食べたのを確認して、登里選手から拡声器で呼び掛けると、ビンゴ抽選会場にみんな集まってきました。そこに選手達も加わり、子ども達の輪に入って和気藹々とした雰囲気の中、抽選会はスタート。加入したばかりのロブソン選手は、言葉が通じなくても子ども達に引っ張られて中に座ると、ビンゴシートを一緒に見て、子どもから身振り手振りでゲームのルールを聞いていました。

抽選会は、登里選手がビンゴの番号を読み上げ、その度に子ども達にノリ突込みを入れながら盛り上げました。他の選手達は、子ども達のビンゴカードを見ながら一緒に盛り上がり、リーチが出始め、子ども達が舞台の前に押し寄せて会の盛り上がりは最高潮に!そしてついに、ビンゴの方が出て、賞品の名前が発表されると歓声が上がっていました。選手は、自分がだした賞品が出ると舞台に来てプレゼンターをしてくれたので1時間弱の会でしたが、参加した子ども達はもちろん父兄のみなさんも終始笑顔。司会の登里選手と高木選手、それと2人の補助で賞品渡しを手伝ってくれた杉山選手の頑張りで無事終了しました。3人とも最後に開会式があるため、多少急ぎ足になったようで『来年はもっと、うまく進めて盛り上げよう!』と反省も込めて締めていました。

そして、閉会式。選手・スタッフ・子ども達で全体写真を撮り、杉山選手からの挨拶。
「今日は楽しかったですか?選手もみんな短い時間でしたが楽しかったです。また来年も来るので、その時はまたみんなで楽しくサッカーをしましょう!」と言うと、子どもたちからは「オォ―!」という元気な言葉。さらに「また川崎にもぜひ遊びに来てください。今日はどうもありがとうございました」というしっかりとした締めの言葉で今年の陸前高田サッカー教室は終了となりました。

そして高田小学校を後にした選手たちは1年ぶりの市街地視察を行いました。昨年訪れた時はまだ瓦礫の山がたくさん残っていましたが、今年はほとんどが片付いており、更地となっていました。昨年みんなで手を合わせた市役所の跡地も更地となり、あたりにはたくさんの作業車が作業を行っている状況でした。「今年はいろんなものがなくなっちゃったね…」としみじみに話す中村憲剛選手や、「ここにいろいろあったんだよね?全部なくなっちゃったんだよね?本当にすごいな…」と初めて訪れた大久保選手も市街地の視察をすると、改めて震災の凄さを知ることができました。その後、選手たちは被災地ツアー参加者も訪れた「奇跡の一本松」や「陸前高田物産センター」で、陸前高田の名産物を購入し、陸前高田を後にしました。

今回の陸前高田サッカー教室を開催するにあたり、ご協力いただいたみなさん、本当にありがとうございました。子ども達や父兄のみなさんの笑顔を見ることができ、私達はたくさんのパワーをもらいました。また、今回のサッカー教室では地震もあり、その怖さを目の当たりにしました。さらに、進んでいない復興の状況を改めて知ることができました。これからも川崎フロンターレは継続した被災地支援を「Mind-1ニッポンプロジェクト」を通じて行っていきます。陸前高田との交流も継続していきます。そのためにも、川崎フロンターレに関わる全てのみなさんのご協力が必要です。さらに、復興支援の輪を広げて行けるように今後も活動していきますので、ご協力よろしくお願いします。

選手コメント

中村憲剛選手(キャプテン)
3回目の陸前高田の訪問になりました。今回も子ども達と元気で明るく楽しくサッカーが出来たことは良かったです。3年前の一番最初に来たときには瓦礫もたくさん残っていました。去年もあったと思います。新しく建築物が立ってきているわけではないけど、だいぶ街がきれいに整備されてきていると思います。こちらに来て話を聞いたのですが、数年後には再開発計画があって、いろいろと街が動き出すということ聞いたので、また進んでいくのかなと思いました。ここに来るのは3回目だから、陸前には帰ってきたなという思いがあります。1回目は被災地に来たという感じでしたけど、去年は顔なじみの人もたくさんいるし、子ども達もお母さんもいました。けっこう繋がってきたなという思いです。ここに来ることで改めて震災の事を思い出すきっかけになるし、自分達が来て、自分達が伝えていくことがすごく大事な事なんじゃないかなと思います。メディアの皆さんに報道していただくことで、どうしても忘れがちになってしまう震災の事を思い出すというか、考え直してもらうきっかけになればいいと思います。それだけでも僕らが来る意味があると思います。それは毎年感じているんですけど、子ども達が笑顔になってくれるのも一つだし、僕達の活動はサポーターの皆さんやスポンサーの皆さんをはじめ、たくさんのサポートがあって成り立っているのですが、一日だけですけど、子ども達が楽しそうにやってくれているのが嬉しいです。今日はサッカー教室中に大きな地震がありました。こちらの人たちは僕らとは違う感じ方をしていたと思います。子ども達も不安そうだった。ただ地震がなくなるということはないだろし、ここにいる人たちはそれと戦っていかなければいけない。僕らの活動がそのサポートのひとつになればいいなと思います。
3年来ると、子ども達もすごく成長しているんです。小学生だった子が中学生になっているんですよね。身長も自分と変わらないくらいになってきている。僕らが来ることですごく喜んでくれていることを感じるので、それだけでも良かったなと思います。すごく陸前高田の方々にフロンターレが浸透しているなって思いました。東北だからやはりベガルタかなという感じだけど、みんな自分達の事をよく知ってくれている。すごく嬉しいですね。秋には修学旅行という形で、みんなを招待する企画もやります。クラブとしてこれからも継続してやっていきたいと思います。

大久保嘉人選手
被災地に来たのは初めてでした。3年の月日が経っているのですが、まだまだ被災地の皆さんが元の生活に戻るには時間が必要なんだなと感じました。3年前から陸前高田に来ているチームメイトから聞くと、ずいぶん整備されてきているんじゃないかなということだけど、初めて見る自分には全くそのようには見えなかった。震災から3年経って、自分としては初めて陸前高田に来たのですが、しっかりと自分の目で被災地の現状を見ることが出来てて良かったと思っています。フロンターレは震災から継続して復興支援の活動を行なっています。自分も一員として改めて協力していきたいと思いました。今日来てよかったことはもう一つ。サッカー教室に来てくれた子ども達がみんな元気で明るかった。短い時間だったけど一緒にサッカーをすることが出来て良かったと思っています。子ども達の将来のためにも、一日も早い復興の為に、活動をしていきたいと思いました。

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