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  • ピックアッププレイヤー 2009-vol.16 / 中村 憲剛選手

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〜MF14/中村憲剛選手〜

ピックアッププレイヤー:中村憲剛

間もなく運命の11月3日がやってくる。
ナビスコカップの決勝戦である。
チーム初のタイトルを賭けて闘うこの一戦について、
中村憲剛はいま何を想い、どんな闘いをしようとしているのか?
先日発売されたばかりの「永遠のサッカー小僧 中村憲剛物語」の著者、森沢明夫が、
現在の憲剛のリアルな気持ちと、試合にかける熱い想いを引き出した。

 

1 11月3日という決戦の日を間近にひかえたある日の午後、練習を終えたばかりの中村憲剛はいきつけのカフェレストランで遅めのランチを摂っていた。
 いつもなら、練習や試合の場から離れると、とたんにのんびり屋になる憲剛なのだが、この日のインタビューのテーマを聞くやいなや、その目の奥には強い意志を伺わせるような熱っぽい光を宿すのだった。

 ナビスコカップの決勝、相手はFC東京。
 さて、憲剛はいま、どんな想いを抱いているのだろうか

「ナビスコには、とても強い想いがあるよ。なにしろ2007年が口惜しい準優勝だったからね。ガンバとの決勝戦で、0-1で負けたでしょ。あれはどっちに転んでもおかしくない試合だった。本当に接戦だったんだよ。あの敗北で味わった口惜しさが、いまでも俺のなかにはしっかり残っているから」

 FC東京には石川直宏という怖い点取り屋がいるが、彼は10月17日の柏戦で膝に怪我を負ってしまった。怪我は重く、ナビスコカップの決勝には出場できないものと言われている。そのことに関して訊くと、憲剛は小さなため息をついて、眉根を寄せた。

「本当に、あの怪我はね……同業者としてすごく気の毒だと思うよ。でも、俺はベストメンバーの相手と闘いたかった、なんていうきれいごとは言わない。こんなことを言うと冷たいって思われるかも知れないけど、怪我人とか出場停止とかが出るのは、どのチームにもあるし、どうしようもないことでしょ。それが一年の流れのひとつでもあるし」

 ようするに憲剛は、相手がどうこう、ではなく、自分とチームがどう闘うか……それだけを考えているのだ。相手がベストメンバーであろうとなかろうと、自分たちがやるべきこと、目指すもの、そういう根本的なものにたいしてブレないことが大切だと考えているのである。

「FC東京は城福監督になって2年目のチーム。ボールと人が常に動いているという、城福監督の目指すサッカーが出来てきているよね。まとまったいいチームになってきた気がする。ディフェンスもしっかりしているし。とにかく攻守のバランスがいいチームだと思う」

 敵をずいぶんと褒めているが、そんな相手を攻略するイメージが憲剛のなかには出来上がっているのかと問うと、彼は少し中空を見つめるようにして、言葉を選ぶように、こう答えた。

「うーん。今年、FC東京とは2試合やって、2試合とも逆転勝ちだったんだよね。つまり、どっちに転んでもおかしくない試合だったということ。だから、楽勝とか、そういうムードにはなれないよね。でも、俺たちがいつも通りやれば勝てない相手じゃないと思う。あのくらいのチームのレベルになると、弱点らしい弱点なんて見当たらないし、もしあったとしても、ここで俺は言わないよね。だって、FC東京の人がこのインタビュー原稿を見ちゃうかも知れないでしょ(笑)」

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1 これまでの対戦を見れば分かるのだが、フロンターレとFC東京との試合は、いわゆる『噛み合う』試合展開になる。憲剛の言葉を借りて言えば、「お互いの長所を消し合うのではなくて、お互いが長所を出し切るようなサッカー」になっているのだ。

「だから、あそことやると、いつも点の取り合いになって、試合が盛り上がるんだよね。フロンターレらしさを出せるという意味ではいいけれど、相手も自分のチームらしさを出せちゃうから、気が抜けないんだよ」

 もうひとつ気が抜けない要素があるという。それは、『決勝という舞台の持つ、独特の空気感』だそうだ。その空気感が選手たちの『心』をいつもと違う方へと動かし、結果、試合も思いがけない方向へと動く可能性があるというのである。

「例えばね、フロンターレとガンバの試合って、普段ならだいたいシュートの打ち合いになるでしょ。だから、2007年のナビスコカップの決勝でガンバとやるときも、きっと激しい打ち合いになるだろうって、マスコミも予想していたんだよ。でも、いざ決勝戦が始まってみたら全然違った。思いがけずお互い慎重な試合展開をしてしまって、最後は0-1という最少得点で勝敗が決したんだよ。そういう意外なところが決勝戦という舞台のおもしろさでもあるし、怖いところでもあるよね」

 憲剛のような、日本代表のタフな試合やワールドカップ出場を決める重要な試合に出ている選手は、すでにハートも充分に鍛えられているように思えるのだが、やっぱり決勝戦の空気感というものには左右されるものなのだろうか?

「うん、やっぱり左右されると思う。多少なりとも力が入っちゃうのが普通だし、それが当然だと思うよ。あの空気感のなかでまったく緊張しないでプレーすることなんて、誰にもできないと思う」

 2007年のナビスコカップの決勝も、空気感が特別だったと憲剛は追想する。

「あのときはスタンドがびっしりの観衆で埋まっていて、うちのサポーターってこんなにいたんだ!って驚いたし、嬉しくなったよ。でもその分、あの時の負けは本当に口惜しかった。サポーターのみんなもめちゃくちゃ口惜しかったと思う。だから、とにかく今度こそ死ぬ気でタイトルを獲って、サポーターのみんなと分かち合いたいんだよ。ガンバはサポーターと分かちあっていたからね、見ていてすごく羨ましかったよ」

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 2007年、ガンバに押さえ込まれて2位になったとき、「決勝の勝ち負けって、これほどまでに明暗の差が付くのか」というリアルを痛感させられたという。勝者はピカピカに輝きながら幸せ絶頂のなかに立ち、大切な人たちを喜ばせることもでき、マスコミにもモテはやされる。しかし決勝で負け、2位にあまんじたチームには何ひとつ残るものはなかったというのだ。

「あの年、優勝したのはガンバだよね。で、2位ってどこだっけ?ってなっちゃうんだよ。優勝したチームは名前が残る。でも。2位以下のチームには何も残らない。極論すれば、優勝チーム以外はなかったことにされちゃう。例えば、200×年のJリーグの2位ってどこ?と聞かれて、答えられる人はほとんどいないでしょ。みんな忘れちゃうんだよね。忘れてないのは、優勝を目前で逃して口惜しい思いをした俺たちとサポーターだけなんだよ。うちは2位を何回も繰り返してる。だから、今度こそは!っていう思いが強いよ」

 なんとしても、タイトルを獲りたい!そんな憲剛の痛切な想いは、チーム全体の想いにもなっているし、もちろんサポーターもまったく同様だろう。しかし『想い』だけで勝利を獲得できるほど甘い世界でないのも事実。そこで、最近の練習と試合をふまえたうえでの、現在のチームの強さについて語ってもらった。

1「とにかくモチベーションはかなり上がってるよ。2年前と比べると、チームも色んな意味で変わってると思うしね。例えば層の厚さも違うし、経験値も高くなっているし。今年はACLもやって、ナビスコもやって、修羅場といいたくなるような厳しい試合をたくさん重ねてきてるから、チーム全体の精神的なタフさがレベルアップしている気がするよ。もちろん2007年のときもいいチームだったと思うけど、今年はまたちょっと違った種類のいいチームになってる感じかな。そうじゃなかったら、平均してこんなにいい成績はあげられないでしょ。現段階ではリーグで首位だし、ACLもベスト8に残ったし、ナビスコは決勝まで駒を進めてる。チームとしての総合力、底力がついてきているんだと思う」

そんな力のついたチームにとって、勝利のカギとなるものは?

「ベタだけど、俺は先制点だと思う。2007年の決勝でも、1点が獲れそうで獲れなくて、結局は負けてるから。最初に1点を獲れたら俺たちの流れを作れそうな気がするんだよ。とくに決勝戦みたいな独特な空気感のなかだし、そこで流れを呼び込むっていうのは、すごく重要だと思うんだよね」

 なるほど。では、とにかく先制点をとるべく、いつものフロンターレらしくガンガン前へ前へと攻め込むような試合をするのだろう……と思ったのだが、じつはまだ憲剛もそこまでは考えていないのだそうだ。「闘い方については、試合が始まってみないとなんとも言えない」というのが本音らしい。ただ、憲剛自身のポジションについては、多少なりとも考えはあるようだった。

「今のチームのバランスを考えると、俺は中盤の前の方で出るんじゃないかな。右か左かはあんまり関係ないよ。試合中は左右へと流動的に動くからね。でも、俺がボランチをやった方がいいっていう人もいるから、これもなんとも言えないかな。とにかく、前と後ろ、どっちでもやれるよう準備してるよ」

 自分のポジションが中盤の前であろうが後ろに下がろうが、どちらでも成り立つということが、いまのフロンターレの強みのひとつだと憲剛はいう。つまりチームには複数のポジションをこなせる選手が多く存在していて、それが選手層の厚さともなるし、戦術的にも厚みが出てくると憲剛は考えているのである。

「ワントップにしたり、ツートップにしたり、スリートップにしたり。俺たちはどういう形でも闘えるからね」

 フロンターレは試合展開によってベストな闘い方をチョイスできるのだ。しかも、その選択肢が多いということが、2009年のフロンターレにとって大いなるパワーとなっているのである。

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1 ところで──。
 ナビスコカップの先にある、『Jリーグ優勝』という目標も、視野に入っているはずだ。2006年以来、3年3ヶ月ぶりに首位に立ったフロンターレだが、憲剛には心境の変化などはあるのだろうか?

「いや。首位になっても、俺は何も変わらないよ。チームも変わらないと思う。もちろん首位でいることはいいことだと思うけれど、結局は最後の最後に首位でいるかどうかが勝負だからね。とにかく、これからの残り試合は大変。そんなに簡単に勝てるとは思っていないよ。毎年、最後は混戦になって、ものすごい激戦になるから。うちの残りは4試合で、相手は……千葉、大分、新潟、柏。トップクラスのチームではないかも知れないけど、J1の残留争いをしていたり、ACLの出場権をかけていたりするチームばかりだから、とにかく相手も必死の捨て身でくると思う。そういう意味で、少しも気が抜けないよね」

 リーグ優勝にしろ、ナビスコカップの優勝にしろ、成し遂げられたらそれは憲剛の人生において初めての『日本一』の称号となる。かつて、J2と大学2部での優勝経験はあるものの、本当の意味で『日本一』といえる優勝は、憲剛にとって初めてのものなのだ。

 しかし、憲剛は初の『日本一』奪取については、ほとんど何も意識していないのだそうだ。

「意識したとしても、それは所詮、妄想になっちゃうし、そんなに先のことは考えられないからね。むしろ、いま目の前の一試合に全力を尽くしてしっかり勝つこと。あとは、いま目の前の練習でやるべきことをしっかりとやること。それだけだよ。もちろん今後の全ての試合で勝つつもりだけど、これまでの経験上そんなにうまくはいかないと考えておいた方がいい。相手も必死だから。でも、どんな展開になったとしても、そこでチームの意志がブレずに、自分たちのやるべきサッカーをやる。それがいちばん大事だし、最終的には優勝につながるんだと思うよ」

 また憲剛は、最後にサポーターへの感謝の言葉を口にした。

「サポーターは感謝してもしきれない存在。いままでどんな状況、どんな立場になっても、いつもみんなはフロンターレをサポートしてきてくれた。だから俺はなんとしても期待に応えたいし、フロンターレのサポーターのみんなとタイトルの喜びを分かち合いたい。みんなの喜ぶ顔が見たいんですよ。だからナビスコ決勝、そしてリーグ戦のタイトルを、選手だけじゃなくてチームに関わっている人たちみんなで勝ち取ろうっていう気持ちでいる」

 そういえば数ヶ月前、『永遠のサッカー小僧 中村憲剛物語』の取材をしているとき、憲剛はポロリとこんなことを言ったのだ。

「1%でも可能性があるなら、それは努力をやめない理由になるでしょ?」

 ナビスコカップ、Jリーグ、ふたつの優勝を目前にしたいまも、憲剛はそれまでと少しも変わらず、自分なりのベストの努力を続けているに違いない。

 まずは目の前のひとつの勝利を真剣に見つめながら。

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[なかむら・けんご]

チームの中心選手へと成長した日本を代表するゲームメーカー。変幻自在のパスを駆使して攻撃をオーガナイズする。ゲームキャプテンとしてチームを引っ張る意識も出てきた。日本代表でも最終予選突破のキーマンとして重要な役割を担う。

1980年10月31日、東京都小平市生まれ
ニックネーム:ケンゴ

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