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ピックアッププレイヤー

2011/vol.16

ピックアッププレイヤー:FW11/小林 悠選手

「チャンスは準備をしている人にしか巡ってこない。得点のチャンスもその準備をしている人にしか転がってこない。そして、それを掴めるかどうかは自分次第」。2011シーズン、ひとつのゴールをきっかけにストライカーの才能を開花させていった小林悠が、抱えていたその思いを明かす。

01  「ゴールに偶然はない」

 小林悠の持論である。

今季のリーグ戦、小林の挙げたゴール数は「11」。カップ戦も含めると、ナビスコカップの「2」、天皇杯の「1」という数字が上積みされることになる(11月15日現在)。ときに「ラッキーボーイ」、「持っている男」などと評されることはあったが、「1発屋」で終わることなく、コンスタントにゴールを生み続けていた背景には、彼なりの必然性があった。

「自分は偶然っぽいゴールが多いんですが、あとで映像を見直したら、きちんと動き直しをしていたり、自分だけゴール前にしっかり詰めている。ゴールが生まれるためには、それまでの動きがあるし、味方のサポートもある。だから、偶然で生まれるゴールはないと思ってます。自分にとって、ゴールは偶然じゃなくて、必然ですね」

 特筆すべきは、その決定力だろう。途中出場という短いプレー時間でありながら、ペナルティエリア内での抜群のポジショニングと冷静なワンタッチで、巡ってきた決定機を確実に仕留め続けた。

 だがそんな小林も「あれは唯一"持っていたゴール"だったかもしれない」と認めざるを得ない得点がある。

 それは5月3日の磐田戦(第9節)。そう、自身にとっての記念すべきリーグ戦初ゴールである。

 スコアレスで迎えた試合終盤、左サイドを突破した小宮山からのクロスを、中央にいたジュニーニョが合わせて2度もブロックされたが、なぜかそのこぼれ球がファーサイドにいた自分の目の前に転がってきた。いくら見直しても、あそこで自分にボールがこぼれてきたことは、説明のしようがないという。右足で素早くニアサイドに流し込むと、次の瞬間には、サポーターが陣取るスタンドに一直線に走り、我を忘れて咆哮していた。

 初ゴールの喜びは格別だった。試合後のことを少し懐かしそうに振り返る。

「たぶん、今まで得点の映像を100回は見ましたね(笑)。決めた日の夜は、YouTubeでずっと見続けていたし、次の日にDVDで試合を何度も見ました。ゴールのたびに流れる相馬監督のガッツポーズ姿も印象的でしたね」

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 たったひとつのゴールで、人生が変わる。

プロサッカー選手にとっては、決して珍しいことではないのかもしれない。しかし「ゴールに偶然はない」と話す小林の人生が、「必然とは言えないゴール」で変わり始めたのである。そして6月15日の大宮戦(第15節)で今季5得点目を記録すると、試合中にゴール裏のフロンターレサポーターから人気アニメの替え歌である応援チャントがプレゼントされた。個人の応援歌ができることは、サポーターから一人前と認められた証でもある。

「実は初ゴールを決めた磐田戦の後、練習場にきたサポーターの方に『5点取ったら、応援歌を作りますから』と言われていたんです。そうしたら大宮戦で点を決めた直後に人気アニメの歌が耳に入ってきた。自分のことだ、とすぐに思いましたね。あれはうれしかったです」

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 この応援チャントを贈られてからピッチで見せた勇躍ぶりは、ちょっとしたヒーローにも負けないほどドラマティックなものだった。翌週22日の清水戦(第17節)ではヒールキックでの決勝弾、その三日後に行われた鹿島戦(第18節)で劇的同点弾と、土壇場で神がかり的な決定力を見せていた。メディアの注目を浴び始めたのもこの頃だ。

「あのときは、試合に出るときも、もうゴールを決められる気しかしなかったですからね。清水戦もそうだし、鹿島戦もそうでした。どちらの試合も、ウチが1人少なくなってから入ったのですが、呼ばれたときに『大丈夫。絶対、俺が決めるから』と思い込んでました。でもノッてるときのFWって、そういうものですよ。朝起きたときから、『今日も決めれるな!』と思っていたぐらい」

 その好調ぶりは7月に入っても変わらなかった。

16日の柏戦(第5節)では矢島のアクシデントで前半途中から投入されると、またもファーストタッチでいきなり追加点を挙げている。チームは首位を走る柏レイソルをホームで振り切り、タイトルという目標に向けて順風満帆に進んでいるかのように思えた。

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01 ところが、である。
鬼門となっている東北電力ビッグスワンで新潟に0-1の惜敗。その翌週のナビスコカップ広島戦は小林の2ゴールの活躍もあり勝利したが、リーグ戦では浦和相手に再び0-1で敗戦してしまう。この連敗で雲行きが怪しくなると、8月に入っても黒星を止めることができなかった。たったひとつの引き分けもできぬままに負けが刻まれ続けた。ついには優勝争いをしていたチームが一転、残留争いに巻き込まれかねない緊急事態にまで陥ってしまったのである。

 この時期は、小林自身もゴールから遠ざかっている。

決めたゴールは、わずか「1」。今季のフロンターレには「小林悠がゴールを決めれば負けない」という不敗記録があったが、それも福岡戦(第21節)で逆転負けを喫したことで、ついに途切れてしまった。

小林本人はそんな記録を気にしていなかったが、プレーの選択には変化が生じており、勝てなければ勝てないほど、「勝利のために何ができるか」を心がけ、フォア・ザ・チームに徹し続けた。最前列から献身的にフォアチェックに走り、味方がボールを保持すれば、中盤に下がってポストプレーをこなそうとした。少しでもチームを循環させようと慣れないプレーに奮闘し、勝つためにその身を捧げるようになっていたのである。

 それでも、チーム状況は好転しなかった。

中断明けとなった9月11日の神戸戦(第25節)でも完敗。リーグ戦連敗が「8」に伸びると、14日にはナビスコカップ横浜Fマリノス戦でも0-4の大敗を喫している。小林は先発出場を果たしているが、ゴールを揺らすことができなかった。自信を失いかけていたチームは、希望の光の見えないまま、中二日でアウェイでの山形戦(第26節)に臨んだ。

 試合当日、ロッカールームで行ったミーティングでは、いつものように指揮官から試合に向けたポイントが選手に伝えられた。スタメンに名を連ねていた小林には、攻守に渡って少なくない仕事量が指示されていた。ミーティングが終わり、ロッカールームを出てアップのためにピッチへ向かう途中、ふいにチームメートから声をかけられた。

「頭、整理できた?」

声の主は、中村憲剛だった。指揮官の指示をしっかり把握できているのか、という問いかけだった。とっさに、「・・・あっ、はい」と答えたものの、実は監督から言われた仕事内容を把握し切れておらず、内心は「どうしよう・・」と不安を抱いていた。そんな心を見透かしていたかのように中村が言った。

「お前は、ゴールを決めればいいんだから」

 何気ない一言だったが、これが小林の気持ちを大きく救った。

「あれで自分の中で何かが吹っ切れましたね。考えすぎることで自分の良さが消えていた。攻撃の組み立てやポストプレーであれこれ悩むぐらいだったら、そんなことはしなくてもいいって言ってもらえて・・・・そうだ、俺はそういうプレーヤーじゃないな、ってケンゴさんの言葉で気づかされたんです」

 このときのやりとりは、中村もよく覚えているという。

「悠はああいう人間だし、責任感がある。山形戦の前のマリノス戦(ナビスコカップ)からそうだった。その前の神戸戦もそうかな。自分はケガでその2試合をスタンドから見ていたんだけど、アイツは守備もして、チャンスメークもしてと、なんだかいろいろやりすぎて一番大事なことを忘れているんじゃないかと思った。きっと背負っているところもあったんだろうね。だから、『整理できたか?』って聞いたんです。この山形戦はすごく大事な試合だったし、結局FWは、点を取れば文句は言われないんだから、いまのチームに必要なのはゴールであることを伝えておこうと思った」

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 そしてチームは見事に連敗を止めた。

  連戦によるコンディションを考慮して、カウンターに徹した指揮官の狙いも功を奏し、なにより全員が最後まで泥臭く戦った。決勝弾を決めたのは、またも小林悠だった。試合前に中村から受けた助言通り、ゴール前では得点の仕事に集中し、ショートカウンターで抜け出した山瀬からのクロスを、「浮かせないこと」を心がけたスライディングシュートでネットを揺らした。そして守備になれば、いつも以上に前線からガムシャラに走り、虎の子の一点を守り切るために奮闘した。そうやって苦しみ抜いた末に掴んだ勝ち点3。山形まで駆けつけたサポーターに拡声器で挨拶するときは、その目に涙が流れていた

「あれは、うれしさの涙ですね。サポーターがあれだけ山形に駆けつけてくれて、純粋にすごくうれしかったんです。あとは相馬さん、オニさん、今野さん、周平さん、矢野さん、イッカ・・・この連敗中、あえてミーティングをしなかったり、いいプレーの映像だけを見せたり、本当になんとかして勝たせようとしてくれていた。でもそこまでしてくれているのに、なんで自分たちは応えられてないんだという、苛立ちが自分の中にあって・・・それがようやく実って、チームが勝てたことが本当にうれしかった。それと試合が終わったときの安心感・・・もう疲れ切ってぐったりしていたんですけど、なんだか自然と涙が出ていました」

 そしてサポーターの前でこんな決意表明をしている。
「もっと・・・みんなに頼られるフォワードになれるように頑張ります」

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 この山形戦をきっかけに小林の中で何かが目覚め始めた。まず彼自身、ゴールへのこだわりをより強く口にしている。

「どんな形でも、『点を取ってナンボだ』と思うようになりましたね。前までは、きれいなボールタッチで相手を交わしてゴール、というのを理想に考えていました。でもいまは、こぼれ球だろうが、ワンタッチだろうが、体のどこに当たってもいいと思ってます。どんなゴールでも、自分の中では1点は1点ですから。観ている人はどう評価するかはわかりませんけど、後ろで守っている選手からすれば、形なんかよりも『どんな形でも1点取ってくれ』と思っているはずだから」

 これまでは攻撃の組み立てにも関わる、いわゆるセカンドストライカータイプのFWを目指していたが、いまでは「ゴールを奪うこと」を最優先にした純粋なストライカーとしての意思を感じさせるプレーが増えている。試合中、味方に対してゴールに直結するパスを要求する場面も目立つようになった。

「いまは『ここに欲しい!』というしぐさを、全身で出しています。たまに『敵がいてもパスを出して欲しい!』と思うことがありますもん(笑)。あとで『いや、マークついていたぞ』って味方に言われるんですけど、それでもパスを出してくれれば、たとえ敵がいようとも一歩早く動いてゴールできる、と自分では思っていますから。最近は、タッピー(田坂祐介)にずっと要求していたことで、だんだん無茶なパスでも出てくるようになりました。でも自分が決められなくて、『出しているんだから、ちゃんと決めろよ』と試合後に言われてますけど(苦笑)。でもタッピーは、自分の動きをすごく見てくれていますね」

 当の田坂祐介に聞いてみた。今季の小林悠の変化をどう見ているのだろうか。

「去年は少ない時間のなかで結果を出さなきゃならないこともあって、自信なさ気にプレーしていた。でも、今年に点を取り出してから、まず自信を持ち始めましたよね。そして自分なりに点を取れる場所も見つけ出したと思います。自分も、相手はどこでプレーされるのが嫌なのかを意識しているので、そういうポジションを常に狙っている悠のような選手がいるのはやりやすいですね。それに悠は、クロさんやジュニーニョと違ってそこまで爆発的なスピードがあるわけではない。二人は動き出しがない状態でも裏に出せば走って追いつきますけど、悠は駆け引きとポジショニングで勝負するタイプ。だから、自分としてもパスの出し甲斐がありますよ」

 山形戦後の公式戦で小林の挙げたゴールは、甲府戦(第28節)と天皇杯2回戦アルテ高崎戦。そのアシストはどちらも田坂によるものだった。ひょっとしたら、このコンビが川崎フロンターレのホットラインを近い未来を担っていくのかもしれない。

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 「いい歌詞ですよね」

小林は、今年生まれた自身の応援チャントの原曲にそんな感想をもらしている。子供向けの軽快なマーチングソングではあるが、その歌詞に目を向けてみると、確かに内容が深い。何のために生きるのかといった哲学的な問いには、大人が聞いてもドキッとするだろう。そしてヒーローはどこか孤独を抱えていることを感じさせるフレーズもある。

 ふと、思った。

ストライカーというヒーローも、きっと「孤独」なのではないだろうか。サッカーはチームで行うスポーツだが、フイニッシュの瞬間だけはとても孤独な作業だからだ。

 インタビューの最後にそんな疑問をぶつけると、小林はうなずきながら口を開いた。

「孤独・・・ですよ。ラストパスを出されて、裏に抜け出してシュートを打つ瞬間、最後は自分との戦いですから。それに、みんなでつないできたボールを決めるポジションなので、後ろにいる味方の10人にすごく見られ ているという感覚がある」

 しかしゴールネットを揺らした次の瞬間、ストライカーは孤独から開放される。

「そう、あの瞬間は本当にやばいです。味方がみんなかけ寄って祝福してくれるし、あんなに多くのサポーターの歓声にも包まれる。ゴールを決めて喜んでハーフラインまで戻っていくときの、スタジアム全体に自分が包まれている感覚・・・・あのときって本当におかしくなるぐらい幸せになれるんですよ。孤独からの生還・・・とでも言えばいいんですかね。あんな気持ちいい瞬間ってないですよ」

 そう言って、あの丸い顔をほころばせた。

なぜ小林悠はゴールを決め続けることができるのか。

その理由が、最後に少しだけわかった気がした。

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[こばやし・ゆう]

独特の柔らかな動きと天性のゴールセンスが光るFW。最終ラインとの駆け引きでスペースを狙うだけではなく、中盤やサイドのポジションをこなす柔軟性も持つ。1987年9月23日/東京都町田市生まれ。177cm/70kg 。 >詳細プロフィール

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