FW13/大久保 嘉人選手
テキスト/いしかわごう 写真:大堀 優(オフィシャル)
text by Ishikawa,Go photo by Ohori,Suguru (Official)
この3シーズン、Jリーグでもっともゴールを奪い続けてきた大久保嘉人。
前人未到の3年連続得点王という偉業を達成したナンバーワンストライカーは、誰よりも悔しさに向き合い、
不安と闘い続けていた。その日々を、いま語る。
「あんまり実感はないかな…もう3回目だし、家にゴールデンシューズもあるから(笑)。しんどかったけど、それにも慣れたかもしれない」
シーズンを終え、しばしの休息を取っていた大久保嘉人にその感想を聞いたところ、そんなおどけた答えが返ってきた。
インタビューを行ったこの日は、抗がん剤治療を終えた妻・莉瑛さんの退院日で、結婚11周年記念日。いつもの日常が戻ってくるということもあってか、話をする大久保嘉人の表情もどこか穏やかだ。
定番の質問とわかりつつも、今シーズンの振り返りとして、自身のベストゴールを聞いてみた。
今年、大久保嘉人がリーグ戦で積み上げたゴール数は「23」。その中には、J1通算139点で並んでいた三浦知良を抜いてカズダンスを披露したFC東京戦のヘディング弾や、ハットトリックを記録した名古屋グランパス戦など語り継がれる得点シーンも数多くある。そんな中、本人がベストに挙げたのは、最後に決めた23点目だった。
「最終戦の仙台戦のゴールやね。あのプレッシャーの中で、最後の試合で練習していた形のゴールを奪えたから。あれは気持ちよかった」
このゴールには大久保嘉人の真骨頂が凝縮されていると言って良い。
例えば、ボールを受ける前の場面。ドリブルでボールを運んでいた田坂祐介に向かって、大久保は両手を出しながら自分にパスを要求するジェスチャーをしている。だが田坂は縦のパスを出さずに、右サイドで並走していたエウシーニョを選択した。なぜ田坂は縦ではなく、横を選んだのか。田坂本人に聞くと、彼の見解はこうだった。
「ちょっと嘉人さんが(相手を)背負ってしまうかなと思ったんですよ。エウソン(エウシーニョ)に出して、そこからエウソンが何するかはわからないですけど、たぶん嘉人さんに出すと思っていたし、そこで自分が前に出て行けるというのもありましたから。結果として、嘉人さんが前を向いてシュートを決めてくれたので、よかったと思いますね」
田坂からすると、大久保が相手を背負う格好になりそうだったから、あえてパスを出さなかったというわけだ。これはこれで、正当な言い分である。一方で、パスを要求していた大久保の見解も興味深いものだった。
「自分はどっちでもよかった。相手が後ろから来ているのもわかっているので、寄せてきたらこうしようと決めていたし、相手を背負わないときの準備もイメージしていたから。どっちのイメージも決まっているから、自分はボールをもらいにいっていた。だから、いつでも俺に来いよって味方に言っている。もちろん、あそこでボールが出てこなくても、また動き直しができるので、その準備をしていたけどね」
その言葉通りに、ボールは田坂からは入らず、エウシーニョを経由して渡ってきたが、彼はそのワンテンポで動き直しをして、パスを受けるタイミングの微調整をしている。大久保が優れているのは、相手のディフェンダーを外す駆け引きのうまさだけではない。一つの選択肢がなくなっても、次のプレーに対する予測とそのための準備が抜群に早い点にあるのだ。だから、ボールが来ても、そこで慌てることがない。
「自分はすごく考えてサッカーしてますよ。他の人からは野性的にやっていると思われているかもしれないけど、実際にはかなり考えている。だから、まわりにもイライラするのだけどね。『なんで、ここ(スペース)をあけないの?』、『ゴール前で、ニアで潰れてくれたら点が入るのに、なんで誰もやらないの?』ってね。ここで自分が潰れればゴールが生まれるとか、チャンスになるとか考えてやらないと点は入らないでしょ?自分はそういうのを予測するのが楽しいし、相手に研究されても逆を取ってやろうと思って常に駆け引きしている。そういう駆け引きに勝って点を取ったときは嬉しいから」
もちろん、シュート技術も一級品である。この仙台戦でトラップからワンステップして放ったミドルシュートの弾道は、圧巻の一言だ。右足のアウトサイドでボールを擦り上げるイメージで蹴り出されたシュートは、ドライブ回転をかけながら、GKが絶対に取れないと言われるコースに突き刺さっている。日本代表・六反勇治も届かない一撃だった。
このアウトサイドでのミドルシュートは、大久保が川崎フロンターレに来てから居残り練習で取り組んで体得した武器として知られている。あの角度とコースに決めるシュート練習は毎日のように行っており、同僚のGKである新井章太いわく「わかっていても取れないコース」だそうである。今シーズンだけを振り返っても、アウェイでの松本山雅戦、ホームでの清水戦、ホームでの名古屋戦など複数の得点をあの形から叩き出している。
そんな必殺シュートだが、練習でも決まるのは数本に一本だけで、決して成功率の高いシュートではない。だがそれを本番で、しかも得点王というプレッシャーのかかった試合で決めてしまうのが大久保嘉人の凄さでもある。彼なりのコツはあるのだろうか。
「自分は感触というか、その前のステップ…ボールを置いてトラップして打つまでのリズムで、『これは、きたな』とわかるんですよ。もちろん、簡単じゃないよ。簡単じゃないし、考えてやるものじゃないから、身体で覚えるしかない部分もある。だから毎日反復してる」
反復で身につけても、その武器を本番で生かせるかどうかは別問題だ。
「練習とは違って、試合になると、点に取りたいという気持ちだけで頭には良いイメージしかなくなってしまうことがある。試合ではスピードに乗ってプレーしているからどうしてもズレてしまうし、力が入ってシュートも変な方向にいってしまうことがある。良いイメージだけが先に出てしまうと、足がついてきていないから、当たりが悪くなってしまうから。良いイメージは持っていいんですよ。でもそのイメージより、一個だけ遅く…そのイメージを追い越していく。思っている通りに打てないと、本当にうまく飛んでいかないから」
おそらく選手にしかわからない感覚的な世界だろうが、身振り手振りを交えながら語ってくれたこの話を聞いて思い出すのが、今シーズンまで所属していたミドルシュートの名手・山本真希の談話である。山本の言葉によれば、ミドルシュートが決まる場面というのは、打った後はその軌道が見えないそうで、気づいたらシュートが入っていたという感覚になるという。本人からすると「入った!」というよりも、「入っていた!」という感覚であり、逆に「入った!」と思ってボールの軌道を自分が見ているシュートは、だいたい止められているそうである。そんな山本の話を大久保にすると、強く同意してくれた。
「そうそう、そんな感じ!気づいたら、入っているんよ。考えてない。考えてしまうと、入らない。思いっきり打って、気づいたら入ったという感覚だから、後で『あのときは何も考えてなかったな』と思うんだよね。シュートのパワーだけなら、自分より持っている人はたくさんいるでしょ。でもうまく当てるか、当てないか。あのシュートは、本当にそれで決まるから」
日々練習し続けてきた必殺の一撃で、彼は3年連続得点王を手中におさめた。得点時には、警告をもらわないために封印していたGゾーンへの飛び込んでいくパフォーマンスも解禁し、サポーターの前で感情を爆発させている。
「得点王が決まったことは、スタジアムの雰囲気でわかった。1点取ったらほぼ決まりだと思っていたし、最後にサポーターが自分の歌を歌っていたからね。ただそれまではずっとプレッシャーもあったけど、いざ3年連続得点王を取ったら…気持ち的にもこんなもんかと思ったけどね」
J1通算ゴール数は156。歴代ナンバーワンである中山雅史と佐藤寿人の157まであとワンゴールに迫って、2015年シーズンを終えた。
川崎フロンターレの試合会場には大久保嘉人のJ1通算ゴール数を表示する“YOSHI-METER”(ヨシ・メーター)なる巨大な横断幕が掲示されている。
J1通算100ゴール達成を記念して製作されたもので、出現したのは2年前の2013年シーズン途中からである。大久保のゴールが決まると、サポーターが手動で素早く更新する光景はスタジアムのちょっとした名物にもなりつつある。
モデルとなっているのは、“ICHI-METER”(イチ・メーター)だ。野球のアメリカMLBイチローの女性ファンが、彼のヒット数を表示していた手作りボードである。
だからというわけではないが、インタビュー中に何の気なしにイチローの話題を振ってみると、意外にも接点があったことを明かしてくれた。
「ヴィッセル神戸時代に一回だけ接点があるんですよ。オフになると、イチローさんはオリックスで自主トレしてますよね。オリックスの選手と神戸の選手は仲が良くて、イチローさんも練習を見学してくれたことがある。確か、2012年だったかな…でも自分はイチローさんが来ていたことに気づかなかったので、あとで教えてもらって気付いたんだけど(笑)」
接点と呼ぶにはあまりに薄い接点だが、ふと、日米通算4000安打を達成した試合後の記者会見でイチローが語っていた言葉を思い出した。誰もが4000回の成功に注目する中で、イチロー本人がこう胸を張っていた姿が印象的だったからだ。
「こういうときに誇れるのは、いい結果ではない。誇れることがあるとするならば、4000回のヒットを打つには、僕の数字で言うと、8000回以上は悔しい思いをしてきている。それと、常に自分なりに向き合ってきた事実はある。誇れるとしたらそこじゃないかと思います」
今やイチローと同じように数字を注目される大久保嘉人にも、同じことを聞いてみたいと思った。彼はJ1通算156ゴールを記録しており、誰もがその積み上げきた数字を褒め称える。だが大久保もまたイチローと同じように、その数字以上の悔しい思いを味わっているに違いないからだ。積み上げてきた156ゴールと、そこに付随していたであろう悔しさに、どう向き合ってきたのか。その胸の内を聞いてみたかった。
「悔しい思いはずっと残りますよ。ポストに当たったとか、PKを外したとかは、いまだに覚えている。今年だったら、松本山雅戦のPKを決めていたら…今ごろ157点だったし(笑)。もっといえば、2年前の試合(2013年湘南戦)のPKも決めていたら今は158点だったなとか、そんなのも考えてしまう」
彼はそう苦く笑っていたが、「では、その悔しさにどう向き合ってきたか」について聞くと、驚くほど誠実だった。
「そこは、とことん向き合ってますね。試合の後はなるべく引きずらないようにはするけど、嫌でも頭に出てくるし、その場面は消せないから。だったら、出てこいと思うようになった…出てきて、忘れるまで、そのことをずっと考えている」
試合で外した決定機が一本でもあったならば、たとえ点を取っていても、「あともう1点取れていたんじゃないか?」という悔しい思いがしばらく消せないほどだという。だからこそ、その悔しさには徹底的に向き合って、どうすれば良いかを自分に問いかけ続ける。
「なんであのとき、ああいう蹴り方をしたのかを考えますね。外すときは、やっぱり迷っているんですよ。だったら、次はこういう蹴り方で迷わずに決めてば良いと考える。実際の試合で同じ形が来ることもあるし、その直前は外したイメージも出てくるんですよ。ここを外したら、まわりから『またかよ』と思われるかもしれない。でも、そこで自分の得意な蹴り方で自信を持って決める。それで決めたら、ちゃんとその悔しさも忘れられるんですよ。そこは気持ちと準備ですね。だから、そのために練習をひたすらやります。自分が大丈夫だと思うまでね」
試合後の頭に残る悔しさや、得点に対する不安をなくす作業───それが日々の、あの徹底したシュート練習の姿に反映されているのだろう。月曜日がオフ、火曜日から練習が始まり、土曜日が試合当日というのがチームの平均的なスケジュールだが、抱えている不安は土曜までは持ち越さないと固く決めている。
「試合には自信を持っていきたいからね。火曜、水曜、木曜でシュートを打ち込んで不安を消して、自信を整える。金曜まではまず持ち込まないかな。不安を持ったまま家にも持ち帰りたくないし、不安を消せないときは、納得するまで壁に向かってシュートを蹴っている。ただ、どんなにいいイメージで試合に臨んでも、試合を終えたらまた不安が出てくるんだけどね」
不安の先に、さらなる不安が出てくる。大久保が言うには、ゴールを決めた試合の後でも不安を覚えないことはないという。それはハットトリックを達成したホームの名古屋戦の後でも、同様だった。
「この試合を最後に『もう点を取れなくなるかもしれない』という不安があるからね(笑)。不安がない…はないね。なんでだろうね。でも、不安があるから自分は頑張れる。それがないと試合までの一週間を、何も考えないで過ごしていたかもしれない。何もモチベーションもなくやっているだけになってしまう」
この胸の内を聞くまで、ストライカーというのは、成功体験だけを記憶に刻み、失敗体験など都合よく忘れてしまう性格なのだろうと思い込んでいた。決定的なシュートを9本外しても、1本を決めることができたらヒーローになれる。そういうメンタリティーではないと、務まらないポジションだと思っていたからだ。
だがそれは、大きな誤解だった。
少なくとも大久保嘉人は、あのときにこうしていたらという後悔の念が誰よりも強い。失敗を心に刻み込み、その反省を繰り返し、襲ってくる不安とも真正面から徹底的に向き合う。それを克服しながら、この3年間、Jリーグで誰よりもゴールを奪ってきたのである。
2016年シーズン、周囲からは早くも「4年連続得点王」の声が上がっている。当然のことだろう。だが大久保本人が熱望しているのは、川崎フロンターレが頂点に立つことだ。
そのためにチームとして必要なものは何か。彼は「厳しさ」というシンプルな指摘をした。
「このチームはやさしい。普段は、それでもいいと思うよ。でも、試合になったらそれはいらない。鬼になってやって欲しいし、やらないとダメ。もっと、一人一人がプレッシャーを感じてやらないと。俺が止めてやる、俺が決めてやるとか、そういう気持ちを持たないといけない」
実際、試合中の大久保嘉人は、厳しさの鬼である。情熱を全身で表現しながらプレーし、一切の妥協を許さない。中野嘉大や大島僚太といった若手には、「前を向いてパスを出せ」、「早く自分にボールをつけろ」といった技術的な要求も遠慮なくする。その要求は「もっとピッチで気持ちを出せ」と、彼らの勝負に対する姿勢にも及ぶことも珍しくない。チームとして勝ち続けるためには、フットボーラーとしての自分を変えていくことも必要だからである。
「今の若手は、内に秘めているものはあるかもしれない。でも結果が出てないんだから、気持ちを出さないといけない。そうすれば、もっとパワーも出るんじゃないかな。俺だって普段は何もできないし、全然喋らない恥ずかしがり屋だけど、試合では違う。あのぐらいやらないと自分はパワーが出ないし、そうしないとダメ。前の選手はあれぐらいやっていいでしょ?外国人の選手なんかみんなやってるよ?別に空回ってもいいし、そこは全然恥ずかしくないって。淡々とやっていたら、普通の男でしかないんだから」
3年連続ナンバーワンストライカーになってもなお、本当に手に入れたいものはまだ掴んでいない。2016年、大久保嘉人が目指すものはひとつだ。
「4年連続得点王のプレッシャーを感じられるのは日本中で俺しかないし、そこは楽しもうと思っている…でもそれより、来年は本当にチームでタイトルを取りたい。もう得点王はいらない。もちろん、チームがタイトルを取れるということは、自分がまた得点王を取ることに近づけることでもあるけど、得点王よりもチームとしてのタイトルが欲しいね」
年が明ければ、大久保嘉人の不安と闘う日々がまた始まっていく。悔しさととことん向き合い、それを乗り越えた先に、たどり着ける場所。そこに未知の喜びが待ち受けていることも、彼はよくわかっている。
Jリーグ2年連続得点王。ここぞという局面での抜群の体のキレと決定力で得点を量産する、経験豊富なエースストライカー。シュート、ドリブル、ボールキープと、どれをとっても一級品。今年で33歳となるが、ゴールへの執念と負けん気の強さは健在。2015年も大久保嘉人らしさを前面に押し出し、ピッチで暴れてもらいたい。
1982年6月9日/福岡県、
京都郡生まれ
ニックネーム:ヨシト